北海道大学大学院獣医学研究院 動物分子医学教室

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研究内容

1.赤血球膜の遺伝性疾患、膜タンパク質の構造と機能

 ヒトも動物も赤血球なしには生きられません。赤血球は、骨髄で造られてから循環血中を3〜4ヶ月にわたって酸素を運びながら壊れずに循環し続けます。赤血球の生存を維持する最も重要な構造が“膜”です。赤血球膜は、脂質二重層とそれを内側から支えるスペクトリン−アクチン膜骨格からできており、両者はバンド3などの膜内在性タンパク質によって安定につながれています(Fig. 1)。膜骨格タンパク質や内在性タンパク質の様々な遺伝子異常は、膜の変形能や物理的安定性を低下させ、赤血球の形態異常や崩壊の亢進、すなわち溶血性貧血を生じます。細胞膜の安定性や機能を維持する仕組みは基本的にあらゆる細胞に共通のもので、赤血球膜はその典型といえます。私たちは、疾患の赤血球膜の分子病態をもとに、これら膜タンパク質の構造と機能の関係を追求しています。

1)バンド3欠損症(遺伝性球状赤血球症)

 黒毛和種牛の子牛にみられた重度の貧血を端緒に、球状赤血球症を伴うバンド3完全欠損症を見出し、その遺伝子異常(R664X変異)と病態を明らかにしました。これにより、バンド3(アニオン交換輸送体1)による脂質二重層と膜骨格の連結が赤血球膜の安定性維持に不可欠であること、バンド3のCl-/HCO3-交換輸送機能が体内酸塩基平衡維持に必須であることが明らかになりました(Fig. 2)。

2)スペクトリンの分子多型と膜の安定性

 バンド3欠損症の病態解析を進める過程で、牛には主要膜骨格成分であるスペクトリンに遺伝的な分子多型が存在することが明らかになりました。K91スペクトリンを持つ個体(少数派)は、E91スペクトリンだけの個体(多数派)に比べて赤血球膜のスペクトリン含量が減少して物理的安定性が低下しています。このアミノ酸置換が近傍の構造に影響してスペクトリン分子間結合を弱め、赤血球膜の不安定化と断片化につながることが想定され、構造解析と膜タンパク質間相互作用の解析を通してその実証に取り組んでいます(Fig. 3)。

3)動物種固有の赤血球形態

 ヒトを含め、哺乳動物の赤血球は中窪み円盤状の形が特徴です。ところが、ラクダ科の動物の赤血球は扁平な楕円形です。なぜ楕円形なのか?何がその形を規定しているのか?膜骨格タンパク質のひとつである4.1Rに見られる特徴的な構造に焦点を充てて、その仕組みを探っています。

2.赤芽球最終分化・成熟の仕組み

 体内では、骨髄前駆細胞の分化、増殖、成熟を経て大量の赤血球が刻々と造られています。その仕組みにはまだまだ謎が残されています。私たちは、未成熟な特徴をもつHK型の犬赤血球が、コレステロール結合膜タンパク質であるTSPO2の遺伝子変異で生じることを明らかにしました。TSPO2遺伝子を破壊したマウスでは、HK型の犬と同様に赤芽球の成熟・細胞周期が遅れて未熟な状態の赤血球が生じ、同時に細胞死の増加によって赤芽球の増殖にも支障が生じます(Figs. 4 & 5)。では、どのような仕組みでTSPO2が細胞内コレステロールをどのように制御し、赤芽球の成熟・増殖を効果的にしているのか?赤血球を効率的に生産する新しい調節機構が明らかになれば、貧血病態のより明確な把握や体外での効率的な赤血球生産を可能とすることにつながると期待できます。私たちは、この大きな課題に取り組んでいます。


3.膜タンパク質の細胞内輸送/品質管理の仕組み

 多様な膜タンパク質は、小胞体(ER)で適切な構造をもつように造られ、小胞輸送によって細胞内の適切な領域に運ばれます。生合成の際、異常な膜タンパク質を認識、分解・除去して細胞内環境を維持するメカニズム、さらに完成した膜タンパク質をERから特定領域に運ぶメカニズムを研究しています。

1)膜内在性タンパク質のプロテアソーム分解

 異常な構造をもつR664X変異バンド3は、プロテアソーム系によって分解されます。この分解は、糖鎖構造に依存しない、ユビキチン化を受けない、細胞質への移送と分解が同時に生じるという3点で既知のER関連分解と大きく異なります。変異バンド3の研究で見えてきた膜内在性タンパク質の認識・分解の新しいメカニズムの解明に取り組んでいます(Fig. 6)。

2)ERから細胞膜へ:細胞内輸送シグナルと輸送経路

 バンド3など膜内在性タンパク質がどのように認識されて小胞に組み込まれ、特定の細胞内領域に運ばれ、機能的に組み込まれるのか?分子内のシグナルやカーゴ分子との相互作用など、そのメカニズムを研究しています(Fig. 7)。

4.免疫記憶機構の解明とワクチン療法への応用

 免疫系は一度感染した病原体を記憶し、再感染に対して素早く強力に応答することができます。この現象は免疫記憶と呼ばれ、高等生物の免疫系に特有の高度な防御機構です。免疫記憶はワクチンに応用され、人類と自然の共存に大きな貢献を果たしてきましたが、その成立メカニズムは未だ解明されていません。免疫記憶には、記憶リンパ球とよばれる特殊なリンパ球が中心的な役割を担うことが知られています。私たちは、ウイルスや細胞内寄生細菌、癌細胞への防御に重要なCD8+ Tリンパ球を主たる研究対象とし、免疫記憶機構の理解と優れたワクチン・免疫療法の開発に貢献することを目指しています。現在、記憶T細胞に特有の発現を示すいくつかの分子に着目し、遺伝子改変マウスやゲノム編集技術を用いて研究を進めています(Fig. 8)。

5.免疫疾患の新規治療法の開発

 体を感染から守るはずの免疫系が暴走すると、様々な疾患につながります。しかし、数多くの制御因子が複雑に絡み合う免疫系において、有効性が高く、しかも副作用リスクの低い治療法を開発することは容易ではありません。私たちは、Tリンパ球をはじめ、免疫細胞の機能制御に関わる分子群に着目し、これらを標的とした免疫疾患の新規治療法の開発に取り組んでいます(Fig. 9)。

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